大島正太と俺

大島正太の髪が伸びた。

6年前に出会った彼は礼儀正しい青年という雰囲気。お辞儀やお礼に要する腰の角度を保って新鮮なライブハウスを走り回っている大学生という感じだった。
当時、ろくに友達もおらずストレスを発散するだけのためにライブをしていたやさぐれた俺にとっては物凄く遠い存在に見えた。
きっと彼は歌も上手だし、優しく丁寧な性格から仲間に恵まれお客さんにも慕われ、気分の良いバンド生活を楽しむのだろうと勝手に思っていた。
関心というよりも半ば妬みに近い目で彼を見たまま俺は彼と数年深く関わり合うことはなかった。
ツイッターでは彼が知名度を上げ、オリジナルバンドで活躍する様子が伺えた。初めて会った時のイメージ通り。事務所を介し東京に拠点を移すと聞いた時にもう関わることはないのだろうと思った。
関わるも何も俺は当時バンドを辞めて地元に帰って来ていたのだった。地元のツタヤにも彼らのCDはそれなりに大きなポップと共に店頭に飾られていた。
友達と飲んだり温泉に浸かったりインスタに投稿するような楽しみ方しか持ち合わせていない当時の俺は彼らの苦労なんて想像しようともしなかったし、彼らのアーティスト写真を見ても順風満帆な売れっ子バンドにしか見えなかった。
上手くやっているね
良かったね
頑張ってね
正直それだけだった。

それでもかつては共演の機会があった彼らの活躍は刺激的だった。彼らの他にも音楽を続けたかつての仲間たちは何かしら結果を出していて俺は羨むばかり。フラストレーションに限界を感じた俺は福岡で就職して一人暮らしを開始。活動を続けていた元メンバーに再び俺を加入させて欲しいと我儘を言って難なく俺はバンドマンになれた。ただ、精力的とは言えない活動をしていたなと今になって思う。そんな中で当時のドラマーがサポートとして他のバンドのライブに出るから良かったら観に来てよと俺たちに言った。

パトリオット

一度だけライブをしたきりの正太のバンド。キーボードやドラマーをサポートとして数人迎え、正太とベーシスト2人の正式メンバーが中心となる編成。しかもいきなりのワンマンライブ。いくら良い線をいっていたバンドを組んでいたとはいえ、なかなかできないことだと思う。パトリオットのライブは初めて会った時の彼に対しての印象だった"丁寧で優しい"がストイックにお客さんに向けられていた。流暢に話をしているように見える、自分を譲って他人のことばかり考えているように見える、耳触りの良い音楽を演奏しているように見える、それはパトリオットの表面的な部分で、俺には正太が何かしらに対しての激しい感情を必死で制御してその場にいる人に伝えるための一番の方法を選んでいるように思えた。決して器用にこなしていた訳ではなく、不安要素や成熟していない部分を短期間で克服し、仕上げてステージに立っていた。久々に観た彼のライブ。俺にはやりたくてもできないようなことを全部目の前でやられたと思った。興奮止まらず、その日観たことを誰かに話したのを覚えてる。

正太が帰ってきたの知ってる?グランドラインから生還した海賊みたいだったぞ!!


その表現はあながち間違いではなく、その日を境に急激に仲良くなった彼の生活は無茶苦茶だった。常にギターを持ち歩き、iPhoneは圏外。トートバッグにはCDウォークマンと小説。バイトはいつの間にか辞めてしまっていて、彼の生活は

・誰かと会って話す
・路上に出る
・ライブをする
・曲を作る

だけになっていた。
そんな彼に「僕、音楽しかできないんですよね」と言われてしまうと説得力がある。お金がなくて誰かの家に転がり込むような生活でもその生き方が羨ましく思えたり、格好良くすら思える。一時期彼は俺の家に寝泊まりしていたのだが、それでもミステリアスな存在であり続けた。俺が仕事をしている時は何をしているのか。自分が今何を考えているのかをそれこそ丁寧に教えてくれるのだが、そもそも何でそんなことを考えているのかが謎。互いに気を使わなくなるまでそれほど時間は掛からず、弾き語りでのツーマンライブをしようという話で盛り上がった。

俺たちを引き寄せたきっかけの一つに映画という存在があって、それをテーマにしようとあれこれ二人で毎晩考えた。俺はあんなにライブについて考えたことがなかった。自分たちの見え方、お客さんのこと、チケット代、全てに対して意識を張り巡らせることでどんどん難解になる。複雑に遠くなっていく。その感覚に戸惑いながらも必死で新鮮さや面白さを優先した。そもそも弾き語りライブすらやったことがない俺にとってはすべてが挑戦。力のない俺に対して彼は徹底的に様々なことを求めてきた。このツーマンで俺は全く良いライブができず、むしろ醜態を晒したのだった。ただ、この日が俺の今に繋がっていることは間違いない。情けなさ、申し訳なさ、悔しさ、嫉妬、そんな感情でいっぱいになり、次こそは!と意気込む俺を見て正太はどこか安心したような嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
彼は他人に対して滞在的なものをいつも見ている気がする。それを引き出す人間が必ずしも自分自身ではないことを知っている。

「じゃあ俺がやるよ!だって君のこと好きだもん!」

そんな感じだ。


彼の弾き語りを何度も観た。俺の家で録った非公開の音源もいくつかある。煌びやかなコードが泥臭く鳴る。安定したピッチの歌声が一瞬だけ取り乱す。枯れる。謳うために必要なこと。
唄うためのメンタルを唄うことで養う。意味の分からない散文詩に納得させられる。急に今日の自分に寄り添ってくる。


"どうでも良いにならないでね"

他人に求めたいものがあるから自分には何が求められているのかを考えてる。
「僕、音楽しかできないんですよね」という言葉が俺には情けなく聞こえなかったのはそういうことだと思う。

本日25日、彼が発足したダーウィンというバンドと共演するイベント。
ついに全員オリジナルメンバーとなり、意気揚々と現れる彼らに俺は上手くやってるね!頑張ろうね!なんて言えない。もう当たり前にそんな次元を超えてきそうだからだ。
特に正太を支えるダーウィンのギタリスト、健人。彼のポテンシャルも半端ではない。この2人の心の通わせ方は冗談抜きで時間を超えてしまっていると思う。
俺も現在の体制を初めて見る訳なのだけれど、ここまで仲良くやれてる理由が互いに今夜分かる。そんな気がしてる。


大島正体の髪が伸びた。
こちらからは目線を伺えないほどに目を覆う前髪、お金がなくて買えないコンタクトレンズ
今、彼は一体何を見ているのやら。

 

f:id:satotomoya1992:20181025052605j:image